1 6 江戸城下の都市計画中最も早く設けられた橋、慶長8年(1603)にはここを起点に五街道に一里塚が築かれた。日本橋は商業の中心地として江戸から現在にいたる東京を語るシンボルのひとつで明治44年(1911)石橋として架橋された。北詰に東京市道路元票がある。震災では橋の一部が破損、江戸時代以来の有数の商店が並ぶ日本橋・京橋間はほとんど焼失、壊滅的打撃を受けた。日本橋を挟む三越、白木屋はともに近代デバートとして装いを整えたばかりであったが焼失し、その残骸は絵葉書写真では全国に知られた。
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